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2009.03.25

十思公園―東京

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十思(じっし)公園という名前は初めて聞いたが、小伝馬町牢屋敷の跡地である。

別に落語に出てくる場所を巡ろうとか、東京の史跡を歩こうとかいうつもりではなく、ただぶらぶらと歩いて気になった場所を訪ねているだけなのだが、「小伝馬町」と言うと、「くっしゃみ講釈」に出てくるのぞきからくり「八百屋お七」の文句が思い出される。

小伝馬町より引き出され、ホーイ、先には制札、紙のぼり、ホーイ、同心与力を供につれ、(桂米朝「くっしゃみ講釈」)

ちなみに上方落語ではこれだが、江戸落語(題名も「くしゃみ講釈」)では「お寺さんは駒込の吉祥寺」で始まるようだ。

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十思公園は他に本石町から移設された「石町時の鐘」と「吉田松陰先生終焉之地」の碑もあり、3つ合わせて「三縁史蹟」というらしく、地下鉄日比谷線小伝馬町駅の出口付近に安井誠一郎東京都知事(1947~1959年在任)の筆になる石碑がある。

3つも集まるなんて偶然だなあ、と思っていたが、考えてみると投獄されていた吉田松陰の終焉の地が牢屋敷であるのは当たり前だ。でも、それこそ八百屋お七のように鈴が森とかの処刑場が本当の最期では?とも思ったが、牢屋敷内で斬首されたらしい。

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十思公園の名前は、1878(明治11)年に十思学校として開校した、十思小学校に併設されたことに由来する。開校当時の住所が「第一大区第一中学区第十四小区」に所属することから、「十四」を資治通鑑の「十思之疏」の「十思」としたとのこと。資治通鑑の「十思之疏」とは…こちらをどうぞ。

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1930(昭和5)年に建てられた鐘楼に収められた銅鐘は、1711(宝永8)年に作られたもので、東京都指定有形文化財。鐘の音の聞こえる範囲からは、維持費が集められたそうで、なかなか厳しいもんだ。

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「松陰先生終焉之地」の石碑。奥にあるのは辞世「身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂」。

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牢屋敷跡に三味線の碑とはこれいかに?と思って調べたら、「杵屋勝三郎歴代記念碑」だった。そう言われてみると、どこからともなく三味線の音が聞こえていた。

大きな地図で見る

■参考資料
・桂米朝「桂米朝コレクション7 芸道百般」(2003)ちくま文庫
安井誠一郎(Wikipedia)
吉田松陰(Wikipedia)
中央区の特色ある複合施設の紹介 十思スクエア

[写真:2009年 3月20日]

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