2010.01.24

「ありがとう京浜東北・根岸線209系」―東京


IMG_7405

209系が京浜東北・根岸線での運用を終えるということで、ヘッドマークが取り付けられた。

数多い同線の中で残された209系は1編成ということで、偶然では出会う機会はなかなかなかったが、土曜日に大井町駅のホームに降りると、先頭付近に数人カメラを持った人がいる。もしや、と思ってカメラを取り出すと、期待通り209系がやって来た。

登場以来毎日のように利用してきた209系ではあるが、正直なところ「ありがとう」の気持ちはなく、無くなってよかったと思っている。あまり鉄道車輌に好き嫌いがない方なのだが、209系(0番台)だけは好きにはなれなかった。

事故等による大混雑時に比較的乗りやすかった6扉車が、後継のE233系1000番台にはないのは残念ではあるけれども。

IMG_7129

[写真:2010年 1月23日・2009年12月22日]

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.01.13

上野弁当―東京


上野駅で販売されているNRE大増製弁当(1000円)。

2002年から販売を開始し、2008年に「内容を充実」させたとのこと。おかずは「駅長のおすすめ品」と「上野にちなんだ食材」となっており、前者は筑前煮・ごま昆布佃煮・高菜炒め・焼たらこ、後者はごま昆布佃煮(酒悦製)・蓮根金平(不忍池の蓮にちなんで)・一口ヒレカツ(発祥地説あり)となっている。

ご飯もおかずもなかなかおいしい。もっとも、見た目普通の駅弁の幕の内で1000円もするんだから、おいしくないと困るけど。

掛け紙は季節によって変わるようだが、駅長変わると中身も変わるのかしら。

[写真:2010年 1月10日]

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.01.12

真岡鐵道茂木駅とその周辺―栃木

SLもおか」の終点茂木駅。初めて来たのは1981年で烏山駅から国鉄バスでだった。このバスを使って、烏山線と真岡線を合わせて乗るのは当時の定番だったろう。

その、国鉄時代からのものであろう駅名票を見て改札を出る。左側には工芸品等を展示しているスペースがあり、そこで熱い黒豆茶をいただいた。

飲んでいると客車から切り離されたC11が転車台で方向転換を始めたので、不精して待合室の窓越しに見物。

転車台横には、ちゃんと見学用スペースも設けられている。警告用だろうが、回転を始めると流れる「乙女の祈り」のオルゴールは、ちょっと不似合い。

「SLもおか」運転日は、それに合わせて道の駅「もてぎプラザ」までの茂木町営バスが運転される。茂木駅発12時20分、道の駅発14時15分。茂木駅から1kmぐらいなので歩いても行けるが、ついつい乗ってしまった。150円。

「もてぎプラザ」の食堂「桔梗」で、ニラ大根そば。ニラと、細く切った大根が、短いそばと混じっている。栃木県の名物であることを初めて知った。食べるのも初めて。そば湯がうまかった。

食後は「おとめミルクアイス」(300円)。12月から5月までの期間限定。注文を受けてから苺をつぶしながらアイスと混ぜる作業を行うので、時間がかかって大行列ができていたが、それに見合う味だった。

若い女性の店員が、へらでイチゴをつぶしながらアイスと混ぜるのだが、かなりの重労働だと思われる。この他、苺(とちおとめ)と苺大福も食べましたが、どれも美味でした。しかし、苺がこの時期旬で、寒くなるとおいしくなると知ったのはつい数日前。

「SLもおか」は茂木行き12時、下館行き14時30分と、なぜかぴったりの時刻に道の駅そばを通過。見学者多数。

右の黄色い屋根の建物は「旧古田土雅堂邸」で、1924(大正13)年に宇都宮市に建てられたもの。「バルーンフレーム工法」という、アメリカから輸入した組み立て住宅とのこと。

帰りは茂木駅まで歩き、「SLもおか」の次の列車である15時23分発の下館行きに乗車。茂木駅からの乗客の過半数は、三脚と一眼レフカメラを持っていた。その後も撮影を終えたであろう人が乗ったり、下館から真岡までの回送を撮るための人が降りたり。

気動車は、すべてこの塗色のモオカ14形のようだ。右が駅舎で、左が転車台。

[写真:2010年 1月10日]

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.01.11

SLもおか―茨城・栃木

真岡鐵道の蒸機牽引列車「SLもおか」に乗った。前回は確か10年ほど前の「夜汽車」。記憶も記録もあいまいだが、C11が牽引する列車に乗るのは初めてのはずだ。大井川鉄道で乗ってるかなあ。

真岡へ行こうと思いついたのが前日の夜なので、当日の朝に「緑の窓口」で「SL整理券」(500円)を購入。座席指定ではないが、号車は指定されている。真岡鐵道の駅で買うと写真入りの切符のようだが、混雑具合がわからないのであらかじめ買わざるを得なかった。

小山から水戸線に乗って09時55分下館着。しばらくすると、DE10 1535に牽引されて「SLもおか」の編成が側線に入って来た。C11は既に煙を吐いているが、こういうのも「無火回送」なんでしょうか?

10時16分発の茂木行きが1番線に到着。この列車の発車後、「SLもおか」はC11の牽引で転線する。

この日はC11の牽引だが、側面のサボは「C12 66」。

指定の1号車に乗車すると、車内は苺だらけ。各窓にも苺のシールが貼られており、半透明ではあるが車窓は見づらい。

1号車は小さな子供連れが中心だが、ちょうど1グループが1ボックスという感じで満席ではない。2号車・3号車には結構空席があったようだ。

車内に掲示されている「年賀状」。C1266のイラストは「ポッポちゃん」で、C11325の「シュッポくん」もいる。

9・10日は「SL新年号」ということで、最初の写真のように機関車の前面に日の丸とヘッドマークが取り付けられている。また列車内では真岡まで「寅さん」が乗車してのクイズ大会が行われた他、みかんの配布と抽選会があった。

抽選会では「汽笛ぶえ」当たりました!ちゃんと真岡鐵道仕様。

[写真:2010年 1月10日]

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.12.13

わたらせ渓谷鐵道「登録有形文化財めぐりツアー」(1)―群馬・栃木

「レイル・マガジン」誌の名取紀之編集長のブログ「編集長敬白」の11月 4日付け「わたらせ渓谷鐵道トロッコ列車に乗る。」で、わたらせ渓谷鐵道が、9月25日に登録有形文化財として答申された施設を見学するツアーを企画していることを知った。上図のちらしによると、文化財のあるところでは徐行して「ツアーに参加しないとじっくり見られない文化財もあり」とのこと。早速電話で申し込むと、しばらく後に「ご案内」が郵送された来た。

集合は大間々駅10時50分。北千住駅07時51分発の特急「りょうもう」3号に乗り、終点赤城駅から歩いて大間々駅に向かう。到着したのは10時前なので、さすがにツアー参加者らしき人は見当たらないようだったが、自家用車で来る人が多いようで、三々五々集まりだしてきた。列車はトロッコ列車だが、自由席で先着順に乗車とのことなので、早めに列に並ぶ。受け付けが始まると、代金(1人2000円+別に申し込んだ弁当代1000円)と引き換えに資料が入った封筒と領収書、弁当・お茶に、キリンのノンアルコールビール(キリンビールからの提供とのこと)が渡される。

封筒に入っていた資料の中に、「わたらせ渓谷鐵道 車窓の旅~鉄道文化財めぐり」という、広げるとA1版になるパンフレットが入っていた。駅でも配布されているものだが、38の鉄道文化財の説明と、位置が示された地図からなり、ツアーでの説明もこのパンフレットを元に行われた。地図の面には、トンネルは橋梁の形式、煉瓦の積み方に関する解説もある。

11時14分に大間々駅を出発。適宜徐行しながら、足尾駅に12時50分に到着した。列車の編成はDE10+客車+トロッコ+トロッコ+客車の4両編成で、客車2両の座席定員180名を募集して満員。トロッコは自由に利用できる。客車・トロッコ計4両のそれぞれに、沿線の自治体からの説明員が配置され、要所要所でわかりやすく詳しい解説をしてくれた。ちなみに、わたらせ渓谷鐵道の社長もツアーに同行していたようだ。

さすがにトロッコは寒いが、そのおかげで客車から移ってくる人も多くはなく、左右に移りながら文化財や車窓を楽しむことができた。ということで、以下主だったものの写真を列挙する。

 
大間々-上神梅間の手振山架樋(3=上記パンフレットの番号。以下括弧内の数字は同じ)。崖を下ってくる雨水や土砂を渡良瀬川に流すための14mのコンクリート製で、1930(昭和5)年にできた。支柱は古レールで、1907年の刻印が2本で確認されたとのこと。

 
そのすぐ先が第一神梅トンネル(4)。1912(大正元)年に作られたもので、全長166m。側壁は煉瓦と切石の組み合わせ。

 
さらに進んで第二神梅トンネル(5)。同じく1912(大正元)年で全長27m。煉瓦造りで、パンフレットによると「漏水防止用のコンクリートを吹き付けた以外は、建造当初の姿を最もよく残したトンネル」とのこと。

 
上神梅駅本屋(7)。他の施設に先行して、昨年7月 8日に有形登録文化財に指定されている。1912(大正元)年のもので、木製の改札口が残る。軒からぶら下がっているのは、12月 6日から始まっている「第6回わたらせ渓谷鐵道各駅イルミネーション」のもの。

 
城下トンネル(10)。「しろおり」と読む。全長82mで、「人力により掘られたトンネルの壁面は、開業時の煉瓦で覆われています」とのこと。この手前の城下橋梁(9)の含めて徐行で通り、他にも徐行された橋梁は多いのだが、通っている橋梁の写真を撮るのは難しい。

 
城下トンネル内部の壁面。煉瓦は長手に積まれている。

 
神戸駅本屋(19)。本屋に接する下り線プラットホームや、隣接する休憩所とともに登録文化財となる。


神戸駅危険品庫(22)。わたらせ渓谷鐵道で煉瓦造りの危険品庫が残されているのは相老・神戸・足尾の3駅とのこと。


沢入駅下り線待合所(23)。1927(昭和2)年のもので、プラットホームとともに文化財指定。ここにも「イルミネーション」がぶら下がっている。


沢入駅上り線待合所(24)。下り線2年後の1929(昭和4)年のもの。こちらもプラットホームとともに指定されているが、ホームは上下線ともに1912(大正元)年の姿を残している。


沢入-原向間の名越トンネル(25)。写真はトンネル外の落石覆いだが、古レールが使われている。



同じく沢入-原向間の吉ノ沢架樋(26)。1935(昭和10)年製で長さは14m。支柱は古レール。水ではなく、線路際の崖から落ちる花崗岩を避けるためのものだとのこと。


原向-通洞間の第二渡良瀬川橋梁(28)。わたらせ渓谷鐵道では珍しいトラス(プラットトラス)で全長95mの石川島造船所製。


足尾駅危険品庫(35)。1914(大正3)年のもの。前面に特徴があるそうだが、駅構内に滞在している時間がなかったため、後ろからの写真。この写真から後は、列車を降りて徒歩で足尾駅から通洞駅を経て足尾歴史館に向かう途中でのもの。

 
渋川橋梁(32)。通洞駅のすぐ足尾駅側にあり、全長14m。上路式プレートガーダだが、その外側を古レールが支えている。手前のパイプも古く、写真左側の端に軌道があった時代の写真にも写っている。

[写真:2009年12月13日]

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.12.12

【ニュース】バンコク空港鉄道の無料運行は延期―タイ

12月 5日の国王誕生日から、テスト運行として無料で乗車できることが予定されていた(過去の記事)バンコクの空港鉄道「エアポートリンク」だが、前日の12月 4日にアビシット首相が試乗したという以外のニュースがなくて気になっていたが、やはりテスト運行は延期になっていた。記事によると「正式開業は3、4カ月後」ということのようだ。

ただ、10月の4日間と、12月 5~7日には一般向けの試乗会が行われたとのこと。

■参考資料
バンコクのエアポートリンク、無料運行見送りnewsclip.be12月12日付け)

■過去の記事
【ニュース】バンコク空港鉄道12月 5日からテスト運行―タイ(11月20日)
【ニュース】バンコク空港鉄道10月一般試乗開始―タイ(9月19日)
【ニュース】バンコク空港鉄道の開業は12月 5日に―タイ(6月 4日)
【ニュース】バンコク空港鉄道の開業延期?―タイ(6月 2日)
バンコク空港鉄道試運転開始(2月 3日)
スワンナブーム空港への鉄道(未来篇)その4―タイ(2008年 8月 1日)
スワンナプーム空港への鉄道(未来篇)その3―タイ(2008年 7月31日)
続・スワンナブーム空港への鉄道(未来篇)―タイ(2008年 7月14日)
スワンナブーム空港への鉄道(未来篇)補遺―タイ(2008年 3月 3日)
スワンナブーム空港への鉄道(未来篇)―タイ(2006年12月 3日)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.11.24

鉄道創業の地記念碑―神奈川

『とれいん』編集部のブログ「モデラーな日々」で脇雅恵氏が紹介されていた「鉄道創業の地記念碑」を見てきた。場所は桜木町駅の関内方、国道16号線から国道133号線が分岐する交差点の歩道橋(桜木橋)の下あたりにある(下の地図では「サテライト横浜」の「ト」の字の下にある朱色の四角形付近)。


大きな地図で見る

碑は、上の写真のように動輪状の台座の上に、三角柱に近い形状で、かなりの高さがある。角の部分には双頭レールが使われており、各面には鉄道創業にちなんだ資料等になっている。説明板によると、1967(昭和42)年10月16(原文ママ)日に建てられたものが、1988(昭和63)年12月に15mほど離れた現在地に移設されたとのこと。

鉄道創業の地
我が国の鉄道は、明治5年(1872年)旧暦5月7日、この場所にあった横浜ステイションと品川ステイションの間で開通し、その営業を開始しました。
わたくしどもは、当時の人の気概と努力とをたたえ、このことを後世に伝えるとともに、この伝統が受け継がれて、さらにあすの飛躍をもたらすことを希望するものであります。
昭和42年10月14日
社団法人横浜市観光協会
鉄道発祥記念碑建設特別委員会

鉄道列車出発時刻及賃金表(原文右書き・旧字体)

上段は時刻表と賃金(運賃のこと)表。上りは横浜発車午前八字・品川到着午前八字三十五分横浜発車午後四字・品川到着午後四字三十五分、下りは品川発車午前九字・横浜到着午前九字三十五分品川発車午後五字・横浜到着午後五字三十五分の2往復。賃金は上等片道一円五十銭・中等片道一円・下等片道五十銭。

時刻の「時」が「字」になっているのは、当時の表記。所要時間は35分で、現在の京浜東北線でも30分程度はかかるので、途中駅がなかったとはいえかなり速かったと言える。午前午後とも横浜→品川→横浜という時刻になっているので、初日からこの通り運転されたのであれば日本最初の営業運転列車は横浜発だったということになりそうだ。

ところで、長谷川弘和『横浜の鉄道物語』(JTBキャンブックス)によると、開業翌日には1日6往復の運転になったとのこと(p.28)。この祈念碑には原典が書かれていないが、1日だけのために作られた「時刻及賃金表」なのだろうか。

下段は、今風に言えば「旅客営業規則(おそらく抜粋)」。長文だが、おもしろいので書き出してみる(原文旧字体)。

来る五月七日より此表示の時刻に日々横浜並に品川ステイションより列車出発す乗車せむと欲する者は遅くとも此表示の時刻より十五分前にステイションに来り切手買入其他の手都合を為すべし
但発車並に着車共必ず此表示の時刻を違わざるやうには請合かねたけれとも可成丈遅滞なきやう取行ふべし
小児四歳までは無賃其余十二歳までは半賃金の事
旅客は総て鉄道規則に随い旅行すべし
手形検査の節は手形を出し改を受又手形取集の節は之を渡すべし旅客自ら携ふ小包みドウランの類は無賃なれども若し損失あらは自ら負ふべし其余の手廻り荷物は目方三十斤迄は二十五銭三十斤以上六十斤迄は五十銭を払ひ荷物掛へ引渡受取証書を求め置くべし尤一人に付目方六十斤迄を限とす
手廻荷物は総て姓名か又は目印を記すべし
旅客中乗車を得ると得ざるは車内場所の有無によるべし
犬一疋に付片道賃銭二十五銭を払ふべし併し旅客車に載するを許さず犬箱或は車長の車にて運送すべし尤首輪首綱口綱を備へて相渡すべし
発車時限を惰らざるため時限の五分前にステイションの戸を閉ざすべし
吸煙車の他は煙草を許るさず

(欄外)旅客車上中下三等の内乗らむと欲する所の賃金を過金取引なきやうに用意致し来るべし
明治五年 鉄道寮

現在の制度とかなり近いところに感心する。おそらく、イギリスでの世界初の鉄道開業以降、かなり練られた制度が導入されたのであろう。

発車15分前までに切手(切符のこと)を購入する必要があり、5分前には「ステイションの戸」(改札口か?)を閉じられてしまうところは現在と異なるところ。また、犬を同乗させる場合の制度がちゃんと定められているところをみると、当時から犬を連れている人は多かったようだ。さらに、「吸煙車」があるということは禁煙車もあったということで、既に「分煙」の思想があったことがわかる。

角に用いられている双頭レール。桜木町駅構内のあった案内によると、開業当時に実際に使用されたいたものらしい。

最初に記念碑が建てられていた「原標点」。「鉄道発祥の地記念碑 原標点 平成元年1月」と書かれている。

原標点の場所は、歩道橋の階段のほぼ真下。実は最初は存在に気付かず、記念碑見学の後に戻った桜木町駅構内の案内を見て、改めて戻って確認した。

IMG_6657

記念碑そばの地下道入り口の壁にある「開業当時の横浜駅長室跡」表示。

この存在こそ「モデラーな日々」を見なければ知り得なかったところだが、実はちゃんと桜木町駅構内に記念碑・原標点と併せて案内のポスターが掲示されていた(エドモンド=モレル像近くの柱)。月に数回は利用する桜木町駅なのに、全く気付いていなかったとは…。

「駅長室跡」がある地下道入り口。窓の右側の配電盤の下にあるのがそれ。

[写真:2009年11月22日]

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.11.23

ししゃも握り―北海道

北海道に入ってから読んだ新聞で、ちょうど釧路で「ししゃもフェア」をやっていることを知った。実は釧路はししゃもの水揚げ量日本一なんだそうで、それを周知するために、釧路市内の多くの飲食店で、ししゃもを使ったオリジナルの料理を出す催しとのこと。

ただ、インターネットで調べてみても、店名と住所の一覧はあったものの、地図や出される料理と値段、営業時間等の情報はなかった。滞在時間も短いので、駅近くの和商市場に行ってみた。

入り口近くの「竹寿司」に、ししゃもが「く」の字を描く幟があった。「ししゃも握り」2ケ350円というのが対象メニューのようだが、いろんなものを食べてみたいのと、朝食のバイキングで食べすぎていたので、5ケ+味噌汁で980円というのを選択。

一番上の写真がそれで、左上からシシャモ・ホヤ・イカ、下がタコの卵・ウニである。生のししゃもを食べるのはたぶん初めて。ほやの握りがなかなかうまかった(駄目な人は駄目でしょうが)。

スタンプラリーは1個でも応募できたので出してきたが、当たるかなあ。

[写真:2009年11月11日]

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.11.22

【旅行記】熊谷→羽生

2009年11月21日(土)

所用で熊谷へ。帰りは時間があったので、めったに乗る機会のない秩父鉄道の熊谷以東を利用してみた。

■3923M快速「アーバン」高崎行き(上野09:29→10:28熊谷)

211系15両編成のサハ211-3067。前5両は籠原まで。途中で「北斗星」とすれ違い、大宮では蓄電池車クモヤE995を目撃。

熊谷のニューデイズで500円以上買ったので、50円割引券とスイカメモ帳をもらう。店の前では「峠の釜めし」を売っていた。国際十王交通のバスに初めて乗車。


熊谷駅北口階段下にあった「熊谷市鳥瞰図」。原画は吉田初三郎だが、それにしては意外とおとなしい?

■秩父鉄道(熊谷15:00→15:21羽生)

秩父鉄道熊谷駅のホームは歴史を感じさせるものだが、上屋は古レールではない。ただ、羽生寄りの事務室手前に1本だけ古レールの柱があった(CARNEGIE 1912)。屋根を突き抜けているが、目的は不明。秩父鉄道には古レールの架線柱が多いので、上越新幹線ができるまでの架線柱の遺構だろうか。

ホームの「秩父そば」で天ぷらそば(400円)を食べたが、味は今一つ。

やって来た1000系(1212)はカナリアイエローで、23日に行われる開業110周年記念の「ありがとうフェスタ」のヘッドマーク付き。熊谷→羽生は490円。


運転台寄りにはアコーディオンカーテンがある「簡易半室荷物車」。

 
あれっ?11月24日っていうことは、フライング?と思ったが、2年前のことでした。

IMG_6601
羽生駅は、東武と共用していた木造駅舎の記憶があったので、変貌ぶりに驚いた。Wikipediaによると2004年の改築だそうな。

IMG_6599

この後は、羽生から普通久喜行き(16658)、急行中央林間行き(56060)、不通大宮行き(8431)と乗り継ぐ。大宮駅は工事中のためか、人であふれかえっていた。「湘南新宿ライン」の快速平塚行き(モハE230-3575)で帰宅。

[写真:2009年11月21日]

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.11.21

日高本線新冠駅と新冠温泉―北海道

日高本線の起点苫小牧から77.2kmにある新冠駅は、競走馬の生産地として知られる新冠町を代表する駅ではあるが、片面ホームが1面あるだけの棒線駅である。駅舎は無人だが、「出会いの憩いのセンター」と名付けられた小奇麗なもの。ただ、駅前面に「新冠駅」という表記は全く存在しない。

苫小牧駅10時17分発の2227D様似行きで11時43分に新冠着。列車はキハ40 354の1両のワンマンであった。
キハ40形350番台は、キハ40形100番台をワンマン改造した700番台の機関をDMF13HZBに換装したもの。日高線運輸営業所に10両が在籍する(2009年 4月 1日現在)。

そのキハ40 354の便所横には、こんなポスターが貼られていた。ちょうど乗車した2227Dが対象になっているが、列車ごとに差し替えているのではなく、たまたまだったようだ。

新冠駅の静内寄りにある踏切に建てられていた石造りの掲示。1926(大正15)年に日高拓殖鉄道が厚賀-静内間を762mm軌間で開業した時に高江駅として設置され、翌年の国有化、1931(昭和6)年の改軌の後、1948(昭和23)年に新冠駅と改称したとのこと。「場所は今も昔もあまり変わっていません」とあるが、少しは変わっているということだろうか。

電話をして自動車で迎えに来てもらい、日高初の温泉だという新冠温泉「レ・コードの湯」で入浴(500円)。駅から数百メートルのところにある道の駅「サラブレッドロード新冠」からは送迎バスもある。

ナトリウム-塩化物泉で源泉温度は17.8℃。何より露天風呂からの眺望が見事で、牧場の向こうに新冠の街並みと典型的な海岸段丘を見ることができる。写真は露天風呂横の休憩室からのもので、この日は天気が悪かったのは残念。特に夕日が自慢らしい。

ちゃんとしたレストランもあるが、大広間で食事もできる。タコの入ったラーメンを食べて、新冠町産のホロシリ牛乳を飲む。75℃15分間の低温殺菌でうまかった。

■参考資料
・『JR全車輌ハンドブック2009』(2009)ネコ・パブリッシング

[写真:2009年11月10日]

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«【ニュース】バンコクにもモノレールの構想―タイ